労基署の是正勧告に基づいて残業代を払う際の注意点は?

Q&A


Q 当社は、最近、労働基準監督署から2019年3月以降に残業代の未払いがあるという内容の是正勧告を受けました。未払残業代の金額は毎年20万円とのことです。直近3年分(2022年3月分~2025年2月分)の60万円を「特別手当」として払って是正を終わらせたいと思っていますが、注意すべき点はありますか。

 


A 必ず給与明細で「特別手当は2022年3月分~2025年2月分の残業代の清算として」と明記した上で支払うことになります。

 


解説

1 手当の趣旨の説明

是正勧告が出た場合、勧告を放置すれば、労働基準法違反を理由とした犯罪になることがあります。是正勧告の内容について、概ね事実と相違がない場合には、労基署の指導を踏まえて残業代を再計算することになります。

 

この是正時に金銭を払う場合には、給与明細で、どの手当てとして支払っているかを明記することになります。本件であれば「特別手当」です。その記載をしなければ、特別手当が残業代の趣旨か否かが不明となるためです。

 

2 支払時期(何時から何時までの残業代か)の明記

ご質問のように長期間働いている方の場合には、「令和●●年●●月分~令和●●年●●月分」と明記することが必要です。

 

これは、基本的に残業代の支払は、入社時からの古いものから順番に充当されるため、最新のものは残り続けるリスクがあるためです。

 

例:2019年3月~2025年3月、毎年20万円の未払残業代が発生していた場合に、3年分の残業代として60万円を支払った場合。

→直近3年分ではなく、過去から3年分が消える

→消えるのは2019年3月分~2022年2月分

→2022年4月分~2025年3月分は残る

=未払残業代が60万円残り続ける

 

しかも、この支払いにより、会社が入社時からの残業代の存在を認めたことになりますので、3年を超えて過去にさかのぼって未払の残業代の支払が必要になります。

 

この明記をしなかったがために、追加で数十万円以上の残業代の支払いを命じられた裁判例があります。

 

そのため、特に本件のように勤続期間が3年を超える方に残業代を清算する場合には、「2022年3月分~2025年2月分」等と明確に期限を区切ることが大切です。

 

是正勧告を受けた場合の対応

このように未払残業代の是正勧告を受けた場合は、適切に事後対応をしなければ、是正勧告に沿って支払ったのに追加で残業代の支払が必要になったという事態が生じかねません。

 

そのため、労働問題に詳しい弁護士に相談し、追加請求のリスクがない方法での処理を目指すことになります。

 

また、労働基準監督官も現場の実態を全部把握しているわけではありません。そのため、時に内容が不当な是正勧告が出ることもあります。このような不当な是正勧告が出ないようにするためには、労働基準監督署の調査時から、労働法令を踏まえた会社として必要な説明、証拠の提出等を行うことが重要です。

 

労働問題に詳しい弁護士に相談することで、労基署対応について、提出する資料の提出方法、提出時の補足説明の方法、労期間からの質問への問答などの対策が可能です。

 

税務調査に際して顧問税理士に立ち会ってもらうのと同じイメージで、労働問題に詳しい弁護士が調査の補助を行うことが重要になります。

参考裁判例:東京地裁R3/10/14判決(労働判例1320-70)

この事案は、労基署の是正勧告に基づく残業代支払において、会社が支払対象期間を明示しなかった事案です。裁判所は、是正勧告に基づく支払は、就労していた全期間の未払残業代の債務承認と判断し、会社が労基署の是正勧告に沿って支払ったものに追加して、合計330万円の追加の残業代支払いを命じました。

 

執筆者 弁護士 稲田拓真(岡山弁護士会)

2019年12月に弁護士登録(第一東京)。2024年1月に岡山弁護士会登録。

主に経営者側で残業代請求、解雇問題、問題社員、労基署対応、パワハラ対応等を行っている。