Q独り言が大きいなど精神疾患が疑われる従業員への対応は?

Q 当社の従業員Aは、黙々と作業するタイプの職員ですが、1か月前から、職場でも奇異な行動(一度職場を出て戻ってくる、終業後ぼうっとしている、口論になる、独りでにやにやするなど)をとっており、独り言がだんだん大きくなってきました。

 

①このような従業員にはどのように対応すべきでしょうか。

②退職届を出してきた際には、受理しても問題はないのでしょうか。

 


A 

①基本的には何らかの疾患が疑われるため、病院の受診を命じ、場合によっては、休職等の措置を講ずることが考えられます。

②基本的には退職扱いとなりますが、判断能力が著しく低くなっている医学的根拠がある場合には、休職等の措置をお勧めします。

 

 


解説

精神疾患が見て取れる従業員への対応

職場で大声を出すなどの問題行動を繰り返す場合には、書面による注意指導等による対応を行い、改善しなければ解雇することが基本的な対応です。

しかし、裁判所は、妄想等を理由として出勤を拒否した従業員を懲戒解雇(正確には諭旨解雇)した事案で、裁判所は、言動から病気であることが見て取れるのであるから、解雇に先立って回復の機会を付与すべきであると判断した事案があります(下記参考裁判例1)。

 

設例の事案では、出勤拒否にまでは至っていませんが、独り言がだんだん大きくなってくるなど、異常な状態が継続し悪化の一途をたどっています。このため、外見的にも何らかの精神的な疾患の疑いが見て取れます。

 

このため、次の手順で対応することが一般的です。

 

(1)労働者に対して、病院の受診を命じるなどして心身の健康状態を確認

↓ ↓

(2)診断書が出た場合には、当該診断書や就業規則の規定を踏まえて休職などの措置を講じる。

 

退職届が出た場合の注意点

退職届等により退職の意思が示された場合には、会社として無理に引き留めることはできません。むしろ、会社によっては「渡りに船」と思うかもしれません。

 

しかし、本件のように明らかに強度の精神疾患が疑われる場合には、退職の意思表示が意思能力を欠き無効となる(退職届に沿った退職扱いができない)場合もあります。参考裁判例2は、まさに設例のような言動の従業員の退職扱いを無効にした事案となります。

 

悩ましい点として、会社として精神疾患の強さを診断することはできません。精神疾患が疑われるから退職届は受理しないとすれば別の問題に発展する危険もあります。

 

そこで、基本的には退職届を受理して退職手続を進めることになります。

 

その上で、退職の意思表示が争われた場合には、退職扱いを撤回して休職などにより対応することが考えられます。

 

弁護士に依頼するメリット

精神疾患の従業員への対応は、従業員の心身の安全性にも配慮しつつ、他方で、他の従業員の感情や職場秩序等にも配慮した対応が欠かせません。

 

弁護士に相談することで、具体的な書面案や台本を通じた次の一手の助言を受けることができます。

参考裁判例1:最高裁判所第二小法廷平成24年04月27日

・労働者は、実際には事実として存在しないにもかかわらず、約3年間にわたり加害者集団からる盗撮や盗聴等を通じて日常生活を子細に監視されているとの認識を有し、自分自身が上記の被害に係る問題が解決されたと判断できない限り出勤しない旨述べ約40日間にわたり欠勤を続けたことから諭旨解雇した事案。

 

・裁判所は、「このような精神的な不調のために欠勤を続けていると認められる労働者に対しては、精神的な不調が解消されない限り引き続き出勤しないことが予想されるところであるから、使用者である上告人としては、その欠勤の原因や経緯が上記のとおりである以上、精神科医による健康診断を実施するなどした上で(記録によれば、上告人の就業規則には、必要と認めるときに従業員に対し臨時に健康診断を行うことができる旨の定めがあることがうかがわれる。)、その診断結果等に応じて、必要な場合は治療を勧めた上で休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採るべきであり、このような対応を採ることなく、被上告人の出勤しない理由が存在しない事実に基づくものであることから直ちにその欠勤を正当な理由なく無断でされたものとして諭旨退職の懲戒処分の措置を執ることは、精神的な不調を抱える労働者に対する使用者の対応としては適切なものとはいい難い。」として解雇を無効と判断。

 

参考裁判例2:長崎地裁令和3年3月9日判決、福岡高裁令和3年10月14日判決

・労働者は、平成28年2月頃から職場でも設例のような奇異な行動が見られるようになった。その後、労働者は平成28年3月24日には退職届を提出したが、その1週間後には「現実検討能力が低い状態が持続している。入院当初は後見人相当であった。」等と診断された。丙セ28年3月24日付退職届の効力が問題となった

 

・裁判所は、「本件退職願を提出した平成28年3月24日時点において、原告の判断能力は、統合失調症のため、自身の置かれた状況を正確に把握したり、自身の言動がどのような影響をもたらすか、特にどのような法的効果をもたらすかについて判断したりすることができない程度であったと認めるのが相当」と判断し、本件退職願による意思表示は、意思能力を欠く状態でされたものであり、無効であると判断した。

 


執筆者 弁護士 稲田拓真(岡山弁護士会)

2019年12月に弁護士登録(第一東京)。2024年1月に岡山弁護士会登録。

主に経営者側で残業代請求、解雇問題、問題社員、労基署対応、パワハラ対応等を行っている。