職場の熱中症対策は万全でしょうか。
今年の6月1日より職場での熱中症対策が法的な義務となります。
今回の法改正では、「熱中症を生ずるおそれのある作業を行うとき」には、熱中症の報告をさせる体制の整備、作業の離脱や身体の冷却等の措置の内容や手順、これらの体制の周知の3点が必要となりました(参考資料1)
この規定は労働安全衛生法22条に基づき(令和7年5月20日基発0520第6号)、違反した場合には、6か月以下の拘禁または50万円以下の罰金の対象になります(労働安全衛生法109条)。
参考裁判例1のように、熱中症により労働者がなくなった場合、使用者から遺族に4800万円を超える損害賠償が必要となった事案もあります。
今回は、法的トラブル予防のために、経営者側の労働問題に詳しい弁護士が、企業が注意すべき点を3点に整理します。
1 ポイント①:気温と暑さ指数を把握する
「WBGT28度以上または気温31度以上の環境下で連続1時間以上または1日4時間を超えて行われることが見込まれる作業」が熱中症を生じる恐れのある作業と位置づけられたことに注意を要します。
ポイントは気温と暑さ指数の両方を確認することです。
参考裁判例1は、(気温は把握をしていたものの)暑さ指数を測定・把握していなかったことや被災者の体調等を確認せずに作業に従事させたことについて、安全配慮義務違反があったとされました。
特に6月から10月頃までは、日々、気温や暑さ指数を確認し、これらの客観的な基準に達していないかを、経営者や現場の責任者自身が把握することが欠かせません。
2 ポイント②:連絡体制の整備を行うこと
熱中症対策と言えば体の冷却等の対応がすぐに思い浮かびます。
こちらも、作業の離脱や身体の冷却等の措置の内容や手順という法律上求められる対策になります。
それだけにとどまらず、今後は、熱中症の疑いが出た、あるいは熱中症らしき作業者を見つけたときに、誰にどのように連絡するかを明確にする必要も出てきます。
この連絡体制は、メールで配信する、毎日朝礼で使うボードに貼り付けておく等、紙媒体や記録に残る方法で周知することが必要です。
熱中症を理由とする労災申請がなされた場合、労基署は、この体制の有無も調査します。その際に、連絡体制が整っていたことの証拠がなければ、対策が不十分と評価されかねないためです。もちろん、対策に実効性を持たせるという意味もあります。
3 ポイント③:労働者の自己申告に任せない
「こちらから熱中症の疑いがある人を見つけて対処しよう」という姿勢が必要です。
過去の裁判例でも、屋外作業中の声掛けをせずに熱中症で従業員が亡くなり、裁判になった例もあります。
屋外作業の経験者であっても労働者任せにしないことが大切です。
厚生労働省のパンフレットにも「職場巡視やバディ制の採用、ウェアラブルデバイス等の活用」等で「熱中症の症状がある作業者を積極的に把握するように努める」とあり、参考になります。
その上で、見つけた場合や熱中症の疑いが出た人については、早急に、業務から離脱させて空調の効いた部屋で休ませるなどの対策を取ることになります。
過労の事案で、裁判所は、「早く帰るように」とか「効率的に対応してほしい」などと述べるだけでは、会社の配慮としては足りない(安全配慮義務違反である)と判断しています。
熱中症の場合も、単に「テキトウに休んでよ」では不十分で、「1時間に1回は日陰で水分をとる時間を与える」「今すぐ作業を止めさせて休憩室に連れて行く」等も必要です。
そのほか、業務開始前の体調確認も欠かせません。参考裁判例1のように体調が悪そうな人については、会社が指示して業務を止めることになります。
まとめ
熱中症トラブルはひとたび発生すれば生命に直結します。そのため、引き起こさないための事前の対策が欠かせません。
また、トラブルとなった際には解決に向けた迅速な対応が不可欠となります。
是非とも本格的に暑くなる前に自社の体制を見直してみてください。
労働問題に詳しい弁護士がサポートすることも可能ですので、ご希望の方はお申し付けください。
参考資料1:労働安全衛生法施行規則の改正
(熱中症を生ずるおそれのある作業)
第六百十二条の二 事業者は、暑熱な場所において連続して行われる作業等熱中症を生ずるおそれのある作業を行うときは、あらかじめ、当該作業に従事する者が熱中症の自覚症状を有する場合又は当該作業に従事する者に熱中症が生じた疑いがあることを当該作業に従事する他の者が発見した場合にその旨の報告をさせる体制を整備し、当該作業に従事する者に対し、当該体制を周知させなければならない。
2 事業者は、暑熱な場所において連続して行われる作業等熱中症を生ずるおそれのある作業を行うときは、あらかじめ、作業場ごとに、当該作業からの離脱、身体の冷却、必要に応じて医師の診察又は処置を受けさせることその他熱中症の症状の悪化を防止するために必要な措置の内容及びその実施に関する手順を定め、当該作業に従事する者に対し、当該措置の内容及びその実施に関する手順を周知させなければならない。
参考裁判例1:福岡地方裁判所小倉支部令和6年02月13日判決
・平成25年8月19日、Aは被告会社が請け負う工事現場で熱中症により死亡した。Aは前日の夕食から食欲不振の兆候があり、当日昼食も取らなかった。作業現場は、暑さ指数が基準値を超えていたが、被告会社は、気温は把握していたが暑さ指数は把握していなかった。
・裁判所は、熱中症リスクの高い工事現場であったため、「水や食事の摂取状況を把握したり、作業開始時や休憩時はもちろん、作業中であっても、頻繁に巡視をして声をかけたりして、労働者の健康状態等を把握し、体調がすぐれない労働者については作業を中止させるなどの措置を講ずべき義務があった」と判断、「遅くとも、亡Aが同日の昼食を摂取しなかったとの事実が生じた後の午後の作業開始時頃までには、亡Aの作業を中止させるなどの措置を講ずべき義務があったといえる」が、「亡Aの食事の摂取状況について把握をしておらず、作業中に声をかけるなどして亡Aの体調を確認した形跡もなく、その結果、亡Aは、食欲がなく、昼食も摂取しないまま、熱中症の発症リスクの高い午後の作業に従事することとなり、これが亡Aの熱中症の発症ないし増悪に決定的な影響を与えた」として、安全配慮義務違反を肯定。
→合計4800万円を超える損害賠償請求を認容