【この記事のまとめ】
・バックペイとは解雇が無効となった場合に労働者に支払う金銭のこと
・バックペイの金額は1000万円を超えることも少なくないこと
・バックペイを減らすには労働問題に強い弁護士のサポートが有益であること
問題社員を解雇したいと考える経営者の方は少なくありません。
私はそのような相談を受けた際に、必ずバックペイのリスクについて検討し、対策を考えています。
今回は、解雇した場合の最大のリスクであるバックペイについて、解説します。
1 解雇のバックペイとは
解雇が法的に無効と評価された場合、原則として、労働者に解雇期間中の賃金を支払う必要があります。この賃金をバックペイと言います。会社側からすれば、解雇の最大のリスクとなります。
この根拠は、民法536条2項です。
簡単に申し上げると「会社が無効な解雇をしたせいで働けなかったのだから、その間の賃金は会社が補填せよ」というものです。
2 解雇のバックペイで巨額の支払いを命じられた裁判例3選
解雇のバックペイは、原則として、次のように計算されます。
バックペイ= 月例賃金額 × 解雇から復職や判決までの月数
このため、賃金単価が特に高い事案(後記(1)の事案)や、訴訟等が長引く事案(後記(2)の事案)では、その金額は非常に大きくなります。
会社からすれば、労働者が働いていない期間分の賃金を支払うというものです。しかも、解雇訴訟が長引けば、その分だけ金額も大きくなります。
以下では、比較的最近の裁判例の中から、金額が目立つものを取り上げました。
(1)甲府地裁R5/6/27判決:5200万円超
この事案は、医師によるハラスメントがあったとして医師を解雇したがこの解雇が無効となった後に賃金請求が行われた事案です(この医師は公務員のため、正確には、解雇ではなく分限免職処分である等若干の違いはあります)。
裁判所は解雇から復職までの4年間の賃金として5200万円を超える支払いを命じました。
(2)東京地裁R6/12/12判決:1名あたり1180万円超
この事案では、使用者は、コロナ禍である2021年に外国に行って帰国後、2週間の待機期間等もなく、そのまま労働者の働く自宅兼オフィスに戻ってきました。労働者は、コロナへの罹患を恐れて2週間在宅勤務を申し出たところ、使用者が怒鳴って解雇した事案です。
裁判所は、解雇に合理的な理由がないと判断し、解雇は無効と判断しました。その結果、3年8か月分の賃金である1180万円を超える支払いを命じました。解雇されて争った労働者は2名のため使用者の支払い金額は2000万円を超えました。
(3)札幌高裁R3/11/17判決:1685万超
この事案では、労働者は100回に渡り旅費等の不正受給を行い、会社が労働者を懲戒解雇した事案です。
裁判所は、会社が同種行為を行った他の従業員に対し停職3か月としていること等から、労働者の懲戒解雇は処分の均衡を失するとして懲戒解雇を無効と判断しました。
この結果、会社は、バックペイとして賃金約3年分である1685万円超の支払いを要することになりました(最高裁令和04年06月23日で上告棄却決定)。
3 バックペイを生じさせないためのポイント2点
2のとおり、解雇訴訟で負けた場合に、会社に生じる負担は極めて甚大です。
これは、東京の大企業に限った話ではありません。岡山県のような地方都市でも、中小企業でも変わりません。
このような最悪の結末を避けるためにはどうすべきか、ポイントは2つです。
(1)解雇を極力避ける
私は、経営者側の弁護士を5年以上やっています。それでも解雇が有効となるか無効となるかは読みきれません。
これは、解雇が有効か否かは、客観的合理性と社会的相当性により決まります。
このため、一律に有効無効の基準がなく、裁判官の価値観で決着が決まる要素が多分にあるためです。
言い換えますと、「ガチャ」の要素は否定できません。
そこで、私としては、解雇は極力さけて、話し合いによる解決を目指すのが一番良いと考えています。
話し合いが困難と思われる事案でも、証拠の確保、説明の話法の工夫、退職条件の提案等により、円満解決ができるケースは少なくありません。
退職勧奨と解雇の違いは別の記事でも解説をします。
(2)解雇する場合には証拠を固めて解雇する
4 バックペイのリスクを減らすためのポイント4選
(1)就労意思に関する適切な反論を行う
解雇した労働者に就労意思がない場合には、バックペイは発生しません。
このため、解雇の有効性を争われた場合には、労働者に関する事実関係を整理し、就労意思の存在を否定する事実関係がないか、確認して反論することになります。
(2)他社で働いている場合には少なくとも中間収入を控除する
解雇期間中に労働者が他の事業所で就労していた場合、他の事業所で就労することにより得た賃金をバックペイから控除することができます。
これを「中間収入の控除」と言います。
ただし、控除できるのは、原則としてバックペイの4割相当等の制限があります(最判昭和37年7月20日)。
(3)解雇の意思表示の撤回を検討する
解雇が無効であることがほとんど確定な事案もあります(例えば就業規則がないのに懲戒解雇を言い渡した事案など。)。また、経営者側として、多額のバックペイが発生するくらいならば早期に紛争を終わらせたいと考える事案もあります。
このようなケースでは、経営者側から、労働者に対して、解雇を撤回するので就労を再開して欲しい旨を通知することになります。このような通知を受けても労働者が就労を拒否する場合、労働者に就労意思がないことを推認させる事情になります。
(4)早期の和解を目指す
バックペイが高額になる理由は、賃金単価が高いことと訴訟が長引くことの二つです。
このうち訴訟の期間(言い換えればトラブルの終結までの期間)はトラブル後にもコントロールできます。
このため、判決の見通しが不良である場合や良好とは言えない場合には、経営者側から一定の解決金を提示するなどして、退職和解を目指すことになります。
(5)労働問題に強い弁護士に相談する
バックペイを減らすためには労働問題に強い弁護士に依頼することが欠かせません。
これは、労働問題に強い弁護士であれば、解雇が有効とされる可能性が高いか低いか、どのような解決(判決が良いか和解が良いか)を見抜くことができるためです。
その上で、労働問題に強い弁護士であれば、和解のタイミングを狙い交渉をすることもできます。
5 まとめ
以上のとおり、解雇が無効となった場合のバックペイのリスクは極めて甚大です。労働問題に強い弁護士に相談しながらバックペイのリスクを下げるための対応を取ることが重要となります。
最終更新:2025/08/17

監修弁護士
弁護士 稲田拓真
弁護士会:岡山弁護士会
2019年12月に弁護士登録(第一東京弁護士会)。
経営者側の労働問題に特化した法律事務所で4年以上勤務した経験という岡山では珍しい経歴を有する弁護士です。
労働問題に強い弁護士として労使紛争の迅速かつできる限り円満な解決を目指しております。
ぜひお気軽にお問い合わせください。