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解雇が法的に無効と評価された場合、原則として、労働者に解雇期間中の賃金を支払う必要があります。この賃金をバックペイと言います。会社側からすれば、解雇の最大のリスクとなります。
この根拠は、民法536条2項です。
簡単に申し上げると「会社が無効な解雇をしたせいで働けなかったのだから、その間の賃金は会社が補填せよ」というものです。
(参考:民法536条2項)
債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。
解雇のバックペイは、原則として、次のように計算されます。
バックペイ= 月例賃金額 × 解雇から復職や判決までの月数
このため、賃金単価が特に高い事案(後記(1)の事案)や、訴訟等が長引く事案(後記(2)の事案)では、その金額は非常に大きくなります。
会社からすれば、労働者が働いていない期間分の賃金を支払うというものです。しかも、解雇訴訟が長引けば、その分だけ金額も大きくなります。
以下では、比較的最近の裁判例の中から、金額が目立つものを取り上げました。
この事案は、医師によるハラスメントがあったとして医師を解雇したがこの解雇が無効となった後に賃金請求が行われた事案です(この医師は公務員のため、正確には、解雇ではなく分限免職処分である等若干の違いはあります)。
裁判所は解雇から復職までの4年間の賃金として5200万円を超える支払いを命じました。
(弁護士のコメント)
医師の場合、賃金単価が高いため、バックペイの金額も大きくなります。
なお、おそらく賃金単価が最高の事案は、月例賃金が350万円の事案です(東京地裁R3/12/13。職位の廃止に伴う解雇を無効と判断)。この事案では、訴訟が4年近く続いたこともあり、最終的なバックペイは判決時点で1億2556万円となりました。
この事案では、使用者は、コロナ禍である2021年に外国に行って帰国後、2週間の待機期間等もなく、そのまま労働者の働く自宅兼オフィスに戻ってきました。労働者は、コロナへの罹患を恐れて2週間在宅勤務を申し出たところ、使用者が怒鳴って解雇した事案です。
裁判所は、解雇に合理的な理由がないと判断し、解雇は無効と判断しました。その結果、3年8か月分の賃金である1180万円を超える支払いを命じました。解雇されて争った労働者は2名のため使用者の支払い金額は2000万円を超えました。
(コメント)
使用者は有名なタレントです。このため、週刊誌でもこの件は取り上げられました。週刊誌によれば、600万円程度での和解ができた事案であったが、使用者が和解を拒否したため、判決になり、その支払い(報道によれば3000万円)を命じられるに至ったとのことでした。
和解のタイミングを見誤ると、使用者は、解雇のバックペイとして1000万円を超える支払いを要することにもなりかねないことを示す一例です。
なお、事案によっては6年分のバックペイを命じた事案もあります(東京地裁R5/12/14判決)
この事案では、労働者は100回に渡り旅費等の不正受給を行い、会社が労働者を懲戒解雇した事案です。裁判所は、会社が同種行為を行った他の従業員に対し停職3か月としていること等から、労働者の懲戒解雇は処分の均衡を失するとして懲戒解雇を無効と判断しました。
この結果、会社は、バックペイとして賃金約3年分である1685万円超の支払いを要することになりました(最高裁令和04年06月23日で上告棄却決定)。
(コメント)
この判決は、会社に対し、会社の金銭を横領した従業員に約1700万円を支払い、その従業員を復職させよと命じた判決です。
経営者側の弁護士としては、「横領しても許される」という誤った認識を与えかねず、企業秩序を根底から覆しかねない一番避けるべき結果になったと考えます。
解雇のバックペイは、解雇日以降、解雇に関する紛争が解決するまで発生します。
例えば2025年10月に解雇した従業員に訴えられ、その結果訴訟が2年続いた場合、2年分の賃金が解雇のバックペイとして必要になります。
私が弁護士として相談を受けるケースでは、すでに後任も決めており、後任の方に賃金を払っているケースが多いです。この場合、後任の方への支払いと、解雇を争っている労働者への支払いがともに必要となり、二重の賃金支払いとなります。しかも、解雇を争っている労働者は就労をしていないため、対応する売上などはないのに人件費だけが発生する状況になります。
このため、解雇後の期間が長くなれば長くなるほど、会社の財務的な負担が大きくなります。
最近の裁判例などでは、転職して転職先に完全に定着した場合には、それ以降のバックペイを認めないケースもあります。転職先に定着したようなケースでは、解雇で退職となった前職で就労する意思がないと法的に評価されるためです。
(参考裁判例:東京高裁令和7年5月15日判決)
この事案は、原告労働者が、令和4年1月に被告会社(給与は月額51万円)を解雇 された後、令和4年3月よりA社で就労を開始(給与は月額78万円)し、令和4年8月末にA社での試用期間を経過して本採用された事案です。裁判所は、原告労働者がA社で試用期間を経過した後には、原告労働者は被告での就労意志を喪失したと判断し、5か月分のバックペイのみを認容しました(第1審判決は令和6年1月31日まで就労意思があると判断し2年分のバックペイを認容)。
(参考裁判例:東京地判平成21年1月30日)
・会社が証券販売員である労働者を平成19年9月2日付で不当解雇した事案。労働者は平成19年11月1日、C社に転職し、C社で証券外務員資格登録(法令上兼業が禁止されているもの)を行った事案。
・裁判所は平成19年11月1日の転職時点で労働者が就労意思を確定的に放棄したと判断し、同日以降のバックペイを否定した。
就労意思がないと言えるほど転職先に定着したと言えるか否かの判断は、事案によって大きく異なります。
例えば、前職と同程度の賃金を得ている事案でも、裁判所は、就労意思がなくなっていないと判断し、バックペイの支払いを命じています。
(参考裁判例:東京高裁令和2年1月30日)
・Yによる平成28年6月25日付解雇の意思表示後、X(Yでの給与は月額28万円)が同年7月から翌29年5月までB社で(支払いを受けた金額は約300万円)、同年6月から平成31年2月までC社で(月額20万円~44万円の賃金)、同月から現在までD社で(月額31万円~45万円の賃金)トラック運転業務に従事していた事案
・裁判所は、解雇から2日後には、弁護士を通じて復職要求を行なっていることからすれば、解雇された労働者が,解雇後に生活の維持のため,他の就労先で就労すること自体は復職の意思と矛盾するとはいえないとして、就労意思を喪失していないと判断した。
解雇した労働者に就労意思がない場合には、バックペイは発生しません。
このため、解雇の有効性を争われた場合には、労働者に関する事実関係を整理し、就労意思の存在を否定する事実関係がないか、確認して反論することになります。
当職が対応した事案では、交渉段階から証拠に基づき具体的な解雇事由について説明し、合意退職に向けた交渉をしました。その結果、1か月半でバックペイの金額を100万円以上減額することに成功しました。
早期に交渉での解決を図ることで、バックペイを引き下げることも可能です。
労働者側が労働審判を提起した場合には、労働審判の中で解雇理由を説明し、バックペイの金額を引き下げて退職和解をするという交渉を試みます。労働審判の場合、訴訟に比べて、退職合意をするために必要な金銭の額が低くなる傾向があります(参考資料)。
①審理期間について、労働審判は3か月以内が45%、3~6か月以内が45%、労働関係訴訟は1年以内が4割程度、1年~2年が4割程度で、2年超も2割程度
②労働審判又は調停・・・中央値は4.7か月。平均は6か月
③労働訴訟の和解 ・・・中央値は7.3か月。平均値は11.3か月
※N=労働審判759件、和解275件
④労働訴訟では解決期間が長引くほど金額が増加する傾向(2~6月未満は6.4か月分、24か月以上は9.2か月分が中央値)
⑤従業員1~29名の企業でも訴訟の和解の解決金は8.3か月が平均。
(弁護士のコメント)
「④労働訴訟では解決期間が長引くほど金額が増加する傾向(2~6月未満は6.4か月分、24か月以上は9.2か月分が中央値)」とあるとおり、解雇訴訟などでは、解決までの期間が長くなれば解決金も高くなってきます。
解雇が無効であることがほとんど確定な事案もあります(例えば就業規則がないのに懲戒解雇を言い渡した事案など。)。また、経営者側として、多額のバックペイが発生するくらいならば早期に紛争を終わらせたいと考える事案もあります。
このようなケースでは、経営者側から、労働者に対して、解雇を撤回するので就労を再開して欲しい旨を通知することになります。このような通知を受けても労働者が就労を拒否する場合、労働者に就労意思がないことを推認させる事情になります。
(弁護士のコメント)
この解雇の撤回の意思表示の可否は、弁護士でも見解が分かれるところです。
また、単に就労を再開せよというだけでは、撤回の意思表示としては不十分なケースや、撤回に伴って、労働条件を明示したり、職場環境を整えたりする必要のあるケースもあります。
さらに、「解雇と言ったのにそれを撤回するような言葉に責任を持たない会社なのだ」という印象を抱かれるケースもなくはありません。
特に問題社員を解雇した後に撤回すれば、同僚などが「なぜあいつが戻ってきた」等と反発することも想定されます。
このため、どのように解雇を撤回するか、どのように通知するか、他の従業員にどのように説明するかなど、弁護士の腕の見せ所になります。
(参考:東京地裁R4/3/23)
この事案では、会社が解雇した5日後などに、労働者Xに「まだ働きたいのであれば、出勤してください」「引き続き働く意思があるならば出社してください」などと連絡したが、労働者Xが出社を拒否した事案です。裁判所は、会社の連絡は解雇の撤回としては不十分であるとして、撤回の連絡後のバックペイも認めました。
解雇期間中に労働者が他の事業所で就労していた場合、他の事業所で就労することにより得た賃金をバックペイから控除することができます。これを「中間収入の控除」と言います。ただし、控除できるのは、原則としてバックペイの4割相当等の制限があります(最判昭和37年7月20日)。
弁護士名:稲田拓真 (岡山弁護士会)
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