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即戦力の中途採用者の「能力不足解雇」を成功させるための重要ポイントQA

この記事のまとめ

  • 能力不足解雇の成否は、採用時の期待値(求められる能力の特定)と、解雇に至るまでの**「具体的な指導と改善機会の提供」**の記録(証拠)にかかっています。
  • 高年収の即戦力採用であっても、具体的な指導をせずに解雇した場合、解雇は無効となり、多額の賃金支払いを命じられるリスクがあります(東京地裁 令和7年6月13日判決)。
  • 中小企業であっても、具体的で継続的な指導や警告を尽くすことが必須です(さいたま地裁 令和4年4月19日判決)。

「即戦力として期待して中途採用した社員が、期待された能力を発揮してくれない...」

従業員数名の中小企業において、このような問題は経営に直結する大きな悩みです。特に高年収で採用した即戦力社員の場合、その能力不足が深刻なダメージに繋がる可能性があります。

 

能力不足を理由に解雇するには、労働契約法や過去の裁判例に基づいた厳格な手続きが必要です。不適切な解雇は、解雇無効を争う訴訟に発展し、多額の金銭支払い(賃金や慰謝料など)を命じられるリスクがあります。

 

本記事では、能力不足を理由とする解雇、特に即戦力の中途採用者に関する裁判所の判断基準を、具体的なチェックポイントとともにQA形式で解説します。

目次

Q1. 能力不足を理由とする解雇が認められるための基本的な考え方を教えてください。

Q2. 即戦力の中途採用者でも、能力不足を理由にすぐ解雇できますか?

Q3. 営業社員が結果を出せない場合、解雇の有効性はどのように判断されますか?

Q4. 解雇を有効とするために、会社はどのような「指導」や「改善機会」を与える必要がありますか?

Q5. 中小企業や職種限定採用の場合、「配置転換」を検討する必要はありますか?

Q6. 能力不足解雇を有効に進めるための「証拠」と「手続き」は何ですか?

Q1. 能力不足を理由とする解雇が認められるための基本的な考え方を教えてください。

チェックポイントの全体像

能力不足を理由とする解雇(または試用期間満了に伴う本採用拒否)が法的に有効と認められるためには、以下の3つのポイントについて客観的・総合的に見定める必要があります。

  • 労働契約上、当該労働者に求められている職務(遂行)能力の内容(専門的能力、管理能力など)。
  • その職務能力の不足(欠如)が確認できること。
  • その能力不足が労働契約の継続を期待することができないほど重大なものであるか。

 

特に、使用者の主観的な評価(人事考課)は、あくまで判断の際の一資料にとどまる点に注意が必要です。

必要な能力の特定方法(客観的な能力の特定)

労働者に求められる職務能力の内容を検討する際の着眼点として、以下の客観的な書面をチェックし、特定の能力が求められていたことを明確にする必要があります。

  • 求人票、紹介会社からの資料
  • 履歴書・職務経歴書
  • 採用面接時の面談シート(面接メモ)
  • 雇用契約書、職務記述書

Q2. 即戦力の中途採用者でも、能力不足を理由にすぐ解雇できますか?

安易な解雇は極めて高いリスクを伴います

中途採用者であっても、能力不足を理由に採用後すぐに解雇することは非常に難しく、解雇は無効となるリスクが高いです。

たとえ高年収(年収1000万円)の即戦力として期待された従業員であっても、指導が不十分なケースでは解雇が無効となるという厳しい判断が示されています。

裁判例のポイント(東京地裁 令和7年6月13日判決)
  • 営業職で年収1000万円の即戦力として採用されましたが、試用期間中にエンド候補者との面談をわずか1件しか設定できませんでした。
  • 会社は、成績が上がらない原因として、「営業先の客層が指導から外れていること」や「人間的魅力の欠如」を指摘しましたが、これらの指摘を裏付ける具体的指導は行われていませんでした。
  • 営業活動を含む日々の業務内容について業務日報が提出されていたにもかかわらず、会社はこれに赤入れをするなど、具体的な指導を行っていなかった。
  • 裁判所は、具体的な指導がない状況で解雇したことは、改善の見込みがないとは言えないとし、解雇を無効と判断。
  • 結果として、会社は約1600万円の賃金支払いを命じられています。

指導の重要性

この裁判例は、高年収の即戦力であっても、業務日報を活用した都度の営業の手法等に関する指導を行っていれば、結論が変わり得た可能性を示唆しています。

能力不足解雇が有効となるためには、具体的な裏付け(証拠)と継続的な指導が必須です。

 

Q3. 営業社員が結果を出せない場合、解雇の有効性はどのように判断されますか?

営業成績の不良だけでは不十分

営業社員の場合、単に営業成績が不良であるというだけでは解雇は認められず、「指導の有無」や「判断期間の妥当性」が決定的な要素となります。

短期間での業績を理由とした解雇は無効になりやすい

試用期間中の即戦力採用であっても、極めて短期間での解雇は無効と判断されています。

前掲令和7年判決もその一例です。この他次のような例もあります。

 
裁判例(東京高裁 平成21年9月15日判決・東京地裁 平成21年1月30日判決)
  • 即戦力の証券販売員(月給65万円)として中途採用。
  • 営業成績は、1か月平均38万円程度の手数料収入に留まり、自身の月給(65万円)にも満たなかった。
  • 試用期間6か月の途中で、わずか3か月強の期間の成績のみをもって解雇。
  • 裁判所は、手数料収入が低かった事実は認めつつも、この「わずか3か月強の期間」の成績だけでは、「原告の資質、性格、能力等が被告の従業員としての適格性を有しないとは到底認めることはでき」ないとして、解雇を無効としました。

具体的指導の欠如は解雇無効に繋がる

営業成績が著しく悪くても、会社側が具体的な指導や警告を尽くしているかが重要視されます。

裁判例(東京高裁 令和元年6月5日判決)
  • 営業職6人の会社において、中途採用者がノルマの30%未満の成績しか出せず、解約率が76%に達していた(他社員は一桁台がほとんど)営業職を解雇した事案。
  • 裁判所は、「営業成績を向上させるための具体的な指導や警告を行っていない」ことを理由の一つとして、解雇は客観的合理性と社会的相当性を欠き無効であるとしました。

証拠として必要なもの

営業社員の能力不足を裏付けるための証拠としては、以下のようなものが挙げられます。

  • 個別の受注リスト・受注率がわかる資料
  • 他の従業員の受注水準との比較資料
  • 問題行動の裏付け(誤記のある労働者作成書面、顧客に誤った案内をするメール、営業日誌、録音など)
  • 営業成績不良等の原因が労働者の言動にあることを示す証拠
 

Q4. 解雇を有効とするために、会社はどのような「指導」や「改善機会」を与える必要がありますか?

指導と改善の機会提供の徹底

解雇が有効と認められるためには、会社は能力不足を改善させるための具体的な指導と、その指導に対する労働者の反応や改善への努力を示す必要があります。

東京地判 平成14年10月22日判決では、中途採用者について、雇用時に予定された能力を全く有さず、これを改善しようともしない場合には解雇事由に該当すると判断し、労働者の能力不足と上司への反抗的態度を理由に解雇を有効としました。

裁判例が認めた具体的な指導内容の例

小規模出版社(従業員約15名)の営業職の試用期間満了に伴う解雇が有効とされた裁判例(さいたま地裁 令和4年4月19日判決)では、以下のような具体的な指導と、それにもかかわらず改善しない事実が認められています。

  • 書店訪問の事前準備:事前に営業相手である書店員の休みを調べるよう指導。
  • 販促物製作の中止指示を出したにもかかわらず制作を中止させずに費用を発生させたことに対する厳重注意書の交付と始末書の提出命令
  • (労働者は、業務命令に違反し、注意を受けても不当と捉えて内省しなかった)
  • 電話営業の放置に対する指導。一度不在だったからと再度の電話営業を放置し、その結果、他の営業職員に比べほとんど受注を取れなかったことを強く注意。
  • 営業報告書の記載内容:売れ行き状況を「たくさん」などと抽象的に記載したことについて、「営業は数字で把握すること」として注意。

 

最終的な裁判所の判断: 原告の勤務態度、業務成績、勤怠等を踏まえ、「小規模出版社である被告の営業職としての適性を有するとは認め難い」とし、本採用拒否(解雇)を有効と判断しました。

証拠として重要な指導記録

  • 注意指導書、指導記録、日報の会社コメント、社内メール、チャット等。
  • 労働者が職務能力不足を改善しようとしたかを示す証拠(労働者の反抗的態度や改善拒否の言動の記録)。

Q5. 中小企業や職種限定採用の場合、「配置転換」を検討する必要はありますか?

はじめに

解雇が有効となるための要件の一つに、解雇回避措置(配置転換など)の検討がありますが、使用者に当該解雇回避措置を期待することが客観的にみて困難な場合には、例外が認められます(期待可能性の原則)。

小規模企業の場合

小規模企業で配転の余地がない場合は、異職種配転を考慮する必要がないとの見解もあります。また、次のように報酬体系等を踏まえて配点の余地を否定した例もあります。

裁判例(東京地判 平成27年10月9日判決:キングスオート事件)
  • 従業員合計15名程度の会社で、原告は管理部のシニアマネージャーとして高い能力と実績を期待され、月額60万8,334円(年俸730万円)で採用されました。
  • 職務内容は経理・財務・人事・総務・貿易事務の統括業務であり、試用期間は3か月で、試用期間満了時に解雇されました。
  • 問題となった行動と指導の記録:
  • 原告は、車両管理に必要な基本情報(車台番号、仕入金額など)をシステムに入力する単純作業(通常1〜1.5時間で完了するもの)について、1回の作業に3〜4時間を要する状態でした。
  • さらに、入力ミスが改善せず、繰り返し上司から指導を受けていました。
  • 裁判所は、原告には管理部の責任者として高い水準の能力を発揮することが求められていたところ、十分な時間をかけて指導を受けたにもかかわらず、インプット作業のような単純作業を適切に行うことができないなど、基本的な業務遂行能力が乏しいことや、原告の採用条件や職務内容から、被告(会社)の規模や原告の採用条件によれば配置転換等の措置をとるのは困難であったと認められること等を理由に、配置転換を検討せずにした能力不足解雇を有効と判断しています

職種限定採用の場合

職種を特定して雇用したために他の職種で活用する余地がない場合は、異職種配転をしてまで雇用を維持する義務はないとされることが多いです。

ただし、配置転換が困難な場合でも、雇用維持に向けた以下の努力を検討し、その記録を残すことで、解雇が無効となるリスクを大幅に下げることができます。

  • 他の業務への職種転換等を提案したか(例:給与水準引き下げを含めた提案、提案書、メール、録音等)。
  • 配置換えを提案しない場合にはその理由。

 

Q6. 【まとめ】能力不足解雇を有効に進める「証拠」と「手続き」は何ですか?

能力不足を理由とする解雇(本採用拒否)の有効性を確保するためには、裁判所に「やむを得ない事由」があったと判断させるための、揺るぎない証拠と論理的な手続きが不可欠です。

契約内容の特定と能力の明確化

労働契約上、当該労働者に求められている能力を客観的に特定することが重要です。

証拠の例: 求人票、履歴書、面接時のメモ、職務記述書など

 

能力不足の具体的証明と重大性の立証

具体的な能力不足の事実と、それが労働契約の継続を期待できないほど重大であることを証明します。

 

  • 問題行動の裏付け: 誤記のある書面、顧客に誤った案内をするメール、営業日誌、売上報告など
  • 相対的な比較: 他の従業員の水準との比較資料
  • 重大性の裏付け: 全社的な売上動向など
 

会社側による解雇回避努力の記録

会社側が十分な指導・教育を行い、労働者に改善の機会を与えたこと、そして労働者側の反応を記録します。

 

  • 指導の記録: 注意指導書、指導記録、日報の会社コメント、研修日等のシフト表、録音など
  • 労働者の反応: 指導への反抗的態度や改善拒否の言動の記録

会社側による解雇回避努力の記録

能力不足が業務に及ぼす支障の重大性、および解雇回避措置を検討した経緯を明確にします。

 

  • 回避措置の提案: 他の業務への職種転換等の提案(提案書、メール、録音など)
  • 配置転換の困難性: 小規模等の理由による配置転換の困難性の論理的説明

最終的な主張の構成

能力不足解雇の訴訟における会社の最終的な主張は、「雇用し続けた場合、顧客からの信頼を喪失し、多大な損害が生ずるのは時間の問題であった」という経営上の必然性と、「指導を繰り返したが、労働者は能力が欠落し、改善の見込みすらなかった」という指導の尽くし、そして「異動提案も拒否した」という解雇回避措置の努力をセットで立証することになります。

弁護士紹介

弁護士名:稲田拓真 (岡山弁護士会)

  • 2018年03月:岡山大学法学部卒業
  • 2019年12月:弁護士登録(第一東京弁護士会)
  • 2024年01月:岡山弁護士会に登録替え

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