従業員11名の小さな企業で古参社員と新入社員が対立したケースではどのように対応すべきでしょうか。今回は、古参社員の言い分通りの対応をした結果1600万円もの支払いを命じられたケースを題材に、対応策を見ていきます。
設例
当社は従業員11名程度の会社です。
最近当社に入社した従業員AさんとAさんの上司にあたるBさんの相性が悪い様子です。
AさんはBさんの指示に反発し、言われたことを言われた通りにしません。
他方で、Bさんは、Aさんに対する指導がやや厳しすぎます。この間もAさんがメール転送のマナーがやや不適切であったことについて、「勤務態度にはとても問題がある・・・改善が見られない場合は懲戒をする」との強い言葉で指導をしているようです。
そうしたところ、Aさんより、Bさんの言動がハラスメントであるとの指摘がありました。Bさんの言動はハラスメントになるのでしょうか。
また、このようなAさんにはどのような指導をすべきなのでしょうか。
裁判所の考え方
設例の事案は、業務指示に従わないAさんにも問題はあります。また、メール転送時に転送した理由を書かないAさんの態度も不適切に感じます。
ただ、Bさんのような警告の仕方は過剰な警告とも思えます。
実際に、Bさんと同じ指導があった裁判例(東京地裁令和5年12月7日判決)では、そのような指導をパワーハラスメントと判断しています。
東京地裁令和5年12月7日判決労働判例1336号62頁
設例のBさんの指導と同様の指導について、メール転送の理由を付記するように指示すること自体は適正であるが、「厳重注意や懲罰の警告は、原告に対し、メールを転送した理由が不当なものであると一方的に断定して非難している点で手続的に相当性を欠くのみならず、その内容自体も過剰なものといわざるを得ず、業務の適正な範囲を超えて原告に精神的苦痛を与える行為に当たるものであったと認められる」と判断しました。
また、会社の対応について、「被告は(中略)B に対し原告への対応について必要かつ相当な方法により指導するよう注意する等の措置を講じる義務があった」と判断し、そのような指導をしなかったことを理由に安全配慮義務違反を認めました。
弁護士のコメント
上記裁判例では、会社は、Bさんの言い分を鵜呑みにしてAさんに退職勧奨を行っています。裁判所は、この退職勧奨も安全配慮義務に違反すると判断しました。
さらに、上記裁判例では、Aさんは適応障害で就労できなくなり、会社はAさんを退職扱いしました。裁判所は、Aさんの適応障害を労災と判断し、退職扱いは無効であると判断しました。
さらに、この裁判例では、会社がBさんに指導をしなかったことなどを安全配慮義務違反と判断しています。
裁判例の事案では、紛争は4年以上続き、結果的に、会社は、Aさんの復職と4年間の休業等の期間中の賃金相当額である約1600万円の支払いを命じられました。
設例の会社は今後どのように対応すべきか
古参従業員などに反抗的な態度を取るAさんに辞めてもらいたいと考えることは理解できます。
しかし、現在のような指導を続けても、参考裁判例のようなトラブルになるリスクがあります。
また、Bさんも、Aさんへの対応のストレスにより、体調を崩したり退職したりするリスクも高まります。
そこで、Aさんとの問題を円満に解決するには、一度立ち止まって指導方法を改めることが重要となります。
指導方法を見直す
例えば、参考裁判例では、次のような点も問題となっています。
- A(原告)の弁明を確認しないまま厳重注意をした(※)
- A(原告)の行為からすれば警告の表現が強すぎた
このため、指導にあたっては弁明の確認(言い分の確認)を行うなどの工夫を取ることになります。
その上で、メールや文書などの記録に残る方法で指導を行うこと自体は非常に有益ですので、続けるべきと考えます。
また、参考裁判例では、業務日報を活用した指導(業務日報を提出させて業務内容等を確認する指導)などは、パワハラに当たらないと判断されています。
これらの方法を活用しながら、指導方法を工夫することになります。
→指導方法の見直しは労働問題に強い弁護士にご相談ください
(※)参考裁判例では、Aが業務の本を読んでいたことについて、Bが業務に無関係な本を読んでいると信じ込んで指導を行ったことについて、事実確認等の容易な調査すら実施せず誤った事実に基づき就業規則違反を理由とする警告した〔等〕は著しく相当性を欠き」パワハラであると判断しています。
Bさんへの指導と助言を行う
Bさんに対して、次の内容を助言します。
- 指導の目的は理解すること
- ただし、転送のマナーという問題の内容からすれば、言い回しに問題がありハラスメント扱いされてしまう危険があること
- このため、初回の指導にあたっては、問題点の指摘と改善方法の助言に留めるようにして欲しいこと
- Aさんの問題点については、Aさんに別途指導を行う予定であること
- Bさんを守るためにも、Aさんに報復と受け止められかねない言動はしないこと
※この指導は上記裁判例の「被告は(中略)B に対し原告への対応について必要かつ相当な方法により指導するよう注意する等の措置を講じる義務」を果たす指導となり得ます。
※他に指導を担当できる人物がいる場合には指導の担当者を変えることも一つの方法です。また、他の部署などがある場合などには、部署を変えるなどの工夫も考えられます。
Aさんに対して指導を行う
Aさんに対しては、次のような指導等を行うことになります。
- Bさんに対して指導方法を改めるように指導は行っていること
- 他方で、会社としては、AさんがBさんの指示に従って必要な報告をしなかったことは問題であると考えていること
- 今後はBさんの指示にしたがい必要な報告を行うなど指示を遵守すること
※ハラスメントの被害申告を有耶無耶にはしていないことを明らかにして、ハラスメントの被害申告を理由とする不利益な取扱い(労働施策総合推進法30条の2第2項)ではないことを裏付けることになります。
指導方法を改めた後にもAさんの言動が治らない場合や、引き続き指導担当者に対して反抗的な態度を取る場合には、Aさんに対する注意指導を引き上げることになります。
就業規則が整備されている場合には懲戒処分などの対応も考えられます。
実際の解決事例
私は、従業員が10名程度の会社に対しても、上記のような助言をしてきました。
会社は最初はすぐにAさんのような従業員を解雇できないことに落胆していましたが、当職の助言に沿った対応をとってもらいました。
その結果、私が担当した事案でも、助言開始から3か月程度でAさんのような従業員の側から退職届を出してもらうことができました。
解雇は「最短ルート」に見えて費用も時間もかかりかねない方法です。「回りくどい」と思える対応が実は最短で解決できます。
最後に:岡山の労働問題に強い弁護士のご紹介
「従業員から訴えられた」「問題社員がいて会社だけでは手に負えない」といったケースでお悩みではございませんか。
経営者側の労働問題は弁護士でも得意、不得意が分かれる領域で、対応によっては多額の賠償を要することも珍しくありません。
他方で、弁護士によっては紛争にならない円満解決に向けたサポートができることもあります。
弁護士稲田拓真は、6年以上問題社員の対応などの労働問題に取り組み続けた、労働問題に強い弁護士です。
大学時代を過ごした岡山の中小企業に向けたサポートに力を入れています。
御社、あるいは社会保険労務士・税理士の先生方等では手に負えなくなった困難な労働問題は、是非ご相談ください。解決策を見つけていきます。
監修弁護士の紹介
弁護士名:稲田拓真
岡山市に拠点を持つ「困った従業員・問題社員への対応」などの労働問題に強い弁護士。東京で4年以上、労働問題に対応し続けた経験を持つ。この経験や最新判例、人間心理の知識を生かし、迅速に解決策の提案と実行をサポート。「早々にご回答ありがとうございます」等の言葉をいただきながら、日々岡山の社長のために奔走している。