問題社員の解雇がトラブルになったらいくらの損失が生じるのか。
今回は解雇が無効となってしまった場合のリスクである「バックペイ」について、その危険性と対策を弁護士が解説します。
解雇のバックペイとは
解雇のバックペイとは、解雇期間中の賃金(解雇日から判決日など)の支払いを命じられることです。
例えば、解雇した従業員から「解雇が無効である」と訴えられ、訴訟が3年続いた場合、解雇が無効となれば3年分の賃金の支払いが必要になるということです。
経営者や従業員、取引先にとって「とんでもない社員」であっても解雇が無効となるケースは後を絶ちません。
これは、裁判所は、メモ、メール、指導書等の客観的な証拠をもとに解雇が有効か否かを判断するため、経営者や従業員、取引先にとって「とんでもない社員」であっても、「とんでもない」の証拠がなければ、解雇が無効となってしまうためです。
他方で、解雇に備えて記録をとっている会社は、特に中小企業では、ほとんどありません。
そのため、「解雇が無効となった」というケースは非常に多くなります。
解雇のバックペイの深刻さを示す裁判例3点
甲府地裁令和5年6月27日判決
この事案は、医師によるハラスメントがあったとして医師を解雇したがこの解雇が無効となった後に賃金請求が行われた事案です(この医師は公務員のため、正確には、解雇ではなく分限免職処分である等若干の違いはあります)。
裁判所は解雇から復職までの4年間の賃金として5200万円を超える支払いを命じました。
東京地裁令和6年12月12日判決
この事案では、使用者は、コロナ禍である2021年に外国に行って帰国後、2週間の待機期間等もなく、そのまま労働者の働く自宅兼オフィスに戻ってきました。労働者は、コロナへの罹患を恐れて2週間在宅勤務を申し出たところ、使用者が怒鳴って解雇した事案です。
裁判所は、解雇に合理的な理由がないと判断し、解雇は無効と判断しました。その結果、会社は、3年8か月分の賃金である1180万円を超える支払いを命じられました。
札幌高判令和3年11月17日判決
この事案では、労働者は100回に渡り旅費等の不正受給を行い、会社が労働者を懲戒解雇した事案です。裁判所は、会社が同種行為を行った他の従業員に対し停職3か月としていること等から、労働者の懲戒解雇は処分の均衡を失するとして懲戒解雇を無効と判断しました。
その結果、会社は、原告の復職と原告への1685万円の支払いを命じられました。
岡山でもありうる話であること
これらの事件は東京や札幌に限った話ではありません。
岡山地裁津山支部の裁判例でも、解雇を無効と判断し、2000万円近くの支払いを命じた事案があります。
「東京だから」「札幌だから」ではなく、どこの会社でも、どの規模の会社でも起きる事象となります。
一部の弁護士の中には、「賃金が安いから争ってこないだろう」等と助言し、それを受けて解雇する経営者もいるようです。
しかし、最近は、弁護士にも依頼しやすいため、次の職場が探しにくい人や今の職場から(働かずとも)賃金をもらい続けたい人が弁護士に依頼するケースなどもあります。
実際に、私も岡山で、賃金20万円程度の労働者の解雇無効訴訟をしたこともあります。紛争になること自体、企業にとって負担となりますし、判決となれば数百万円程度の損害になる可能性もでます。
そのため、賃金が安いケースでも解雇に踏み切るのには慎重になるべきです。
解雇のバックペイを抑えるための戦略5点
- 解雇の意思表示を撤回する
- 就労意思に関する反論を行う
- 就労能力に関する反論を行う
- 中間収入を控除する
- 早期の和解を目指す
解雇の意思表示を撤回する
解雇が無効であることがほとんど確定な事案もあります(例えば就業規則がないのに懲戒解雇を言い渡した事案など。)。
また、経営者側として、多額のバックペイが発生するくらいならば早期に紛争を終わらせたいと考える事案もあります。
このようなケースでは、経営者側から、労働者に対して、解雇を撤回するので就労を再開して欲しい旨を通知することになります。このような通知を受けても労働者が就労を拒否する場合、労働者に就労意思がないことを推認させる事情になります。
この解雇の撤回の意思表示の可否は、弁護士でも見解が分かれるところです。
また、単に就労を再開せよというだけでは、撤回の意思表示としては不十分なケースや、撤回に伴って、労働条件を明示したり、職場環境を整えたりする必要のあるケースもあります。
さらに、「解雇と言ったのにそれを撤回するような言葉に責任を持たない会社なのだ」という印象を抱かれるケースもなくはありません。
特に問題社員を解雇した後に撤回すれば、同僚などが「なぜあいつが戻ってきた」等と反発することも想定されます。
このため、どのように解雇を撤回するか、どのように通知するか、他の従業員にどのように説明するかなど、弁護士の腕の見せ所になります。
(参考:東京地裁令和4年3月23日判決)
この事案では、会社が解雇した5日後などに、労働者Xに「まだ働きたいのであれば、出勤してください」「引き続き働く意思があるならば出社してください」などと連絡したが、労働者Xが出社を拒否した事案です。裁判所は、会社の連絡は解雇の撤回としては不十分であるとして、撤回の連絡後のバックペイも認めました。
就労意思に対する反論を行う
解雇した労働者に就労意思がない場合には、バックペイは発生しません。
このため、解雇の有効性を争われた場合には、労働者に関する事実関係を整理し、就労意思の存在を否定する事実関係がないか、確認して反論することになります。
(参考裁判例:東京高裁令和7年5月15日判決)
この事案は、原告労働者が、令和4年1月に被告会社(給与は月額51万円)を解雇 された後、令和4年3月よりA社で就労を開始(給与は月額78万円)し、令和4年8月末にA社での試用期間を経過して本採用された事案です。裁判所は、原告労働者がA社で試用期間を経過した後には、原告労働者は被告での就労意志を喪失したと判断し、5か月分のバックペイのみを認容しました(第1審判決は令和6年1月31日まで就労意思があると判断し2年分のバックペイを認容)。
※ただし、本判決については、経営者側の弁護士からしても一般化は難しいという見解があります(労働経済判例速報2587−2)。また、試用期間満了後も解雇された会社と同程度の賃金を得ていても就労意思を否定しなかった事案(上記東京地裁令和6年9月26日判決)もあることには注意が必要です。
就労能力に関する反論を行う
事案によっては解雇以外の原因で働けないケースがあります。
例えば、私傷病により解雇がなかったとしても就労できないケースです。
このようなケースでは、就労能力がないことを理由として解雇のバックペイが発生しない旨を説明することが考えられます。
他社で働いている場合には少なくとも中間収入を控除する
解雇期間中に労働者が他の事業所で就労していた場合、他の事業所で就労することにより得た賃金をバックペイから控除することができます。これを「中間収入の控除」と言います。ただし、控除できるのは、原則としてバックペイの4割相当等の制限があります(最判昭和37年7月20日)。
早期の和解を目指す
バックペイが高額になる理由は、賃金単価が高いことと訴訟が長引くことの二つです。このうち訴訟の期間(言い換えればトラブルの終結までの期間)はトラブル後にもコントロールできます。
このため、判決の見通しが不良である場合や良好とは言えない場合には、経営者側から一定の解決金を提示するなどして、退職和解を目指すことになります。
バックペイを減らすためには労働問題に強い弁護士に依頼することが欠かせません。これは、労働問題に強い弁護士であれば、解雇が有効とされる可能性が高いか低いか、どのような解決(判決が良いか和解が良いか)を見抜くことができるためです。
労働問題に強い弁護士に依頼するか否かで結論は大きく変わります。担当事件ではありませんが、初期から戦略を立てず「戦ってからなんとかしよう」とした事案では、解雇が無効となり2000万円近くのバックペイを要した事案もありました。
それでも問題社員にお困りなら
ここまでの対策を取っても解決しないケースでは、岡山の労働問題に強い弁護士にご相談ください。
弁護士が「次の一手は何をすべきか」を提案し、書面づくりなどを代行し、面談の立ち合いなども行います。
労働問題に6年以上取り組んでいる弁護士が直接サポートしますので、素早い回答と的確な助言で「問題社員にどう対応しようか」という悩みを解消できます。
「解雇を争った社員との紛争を1か月半で解決」「経営者に反発する社員の退職に成功」など、岡山でも多くの事案を解決しています。
地元岡山を起点に「経営者の抱える労働問題を解決する」ために尽力いたします。
執筆者の紹介
弁護士名:稲田拓真
2018年3月岡山大学法学部卒業。2019年12月弁護士登録。2024年1月岡山弁護士会に登録。経営者側の労働問題を得意分野とする。